るろうに剣心の志々雄真実といえばボスキャラにふさわしい絶対的な「悪」と主人公緋村剣心に匹敵する人斬り後継者としての強さが魅力的ですよね。
るろうに剣心好きの私はマンガを読み進めていくうちに、ある意外なことに気がつきました。
これを知ったうえで再度マンガを読んでみると、今までとは違った目線で志々雄真実というキャラクターを楽しむことができますよ。
志々雄真実好きな人と語り合ったら、話が弾んで今まで以上に仲良くなれることは間違いありません。
では志々雄真実がどういったキャラクターなのかを見ていきましょう。
志々雄真実について意外だったこと
志々雄真実は作者の和月先生が「悪の集大成」として作ったキャラですが、そもそも「悪」とは何なのでしょう?
Wikipediaで調べてみました。
悪とは他人を意図的に傷つけることである
悪人は人を傷つけることを楽しんでいる
被害者は潔白で善良な人である
悪人の加害者は私たちとは違う人間である
悪人は一貫して悪人である
悪とは社会に混乱をもたらすことである
悪人の加害者は利己主義である
悪人の加害者は自制心が劣っている引用元:Wikipediaより
ほとんど志々雄真実に当てはまりますね!志々雄真実は悪のようです。
でも私の視点で見ると志々雄真実が「悪いヤツ」とは到底思えない。それをいくつか紹介していきますね。
約束を守る志々雄様
剣心と志々雄真実のアジトで「決闘」すると約束した志々雄真実。
この約束通りなら剣心達3人と張をのぞく十本刀9人・志々雄真実の決闘になりますが十本刀の方治が十本刀の3強を残し、残りの十本刀は葵屋の者を抹殺する事を提案します。
これには志々雄真実はイラつきを隠せなくなり「抜刀斎に決闘と言ったんだ それを曲げるのは剣客としての俺の自信が我慢ならねえ」と方治の案を却下しようとするのです。
方治も志々雄真実の完全勝利を願うがあまり、志々雄真実と口ゲンカになりますが志々雄真実は「決闘に変更は無え!ぐだぐだいってねーで てめーはさっさと十本刀を呼んでこい!」と方治を叱りつけます。
最終的には志々雄真実が折れて方治の意見を受け入れる事になりますが、約束した事をきちんと守ろうとする志々雄真実は素晴らしいです。
(第106幕より)
部下思いの志々雄様
志々雄真実が方治の案に折れたのには理由がありました。
方治が皆の前で指7本の生爪を剥がし「志々雄様への不信と疑念はこの七爪の罰を以て全て流して頂きたい!」と方治が傷を負った所で志々雄真実は言うのです。
「次の戦闘を命令する! 宗・宇水・安慈は俺と共にここで抜刀斎達と決闘! 才槌・不二・蝙也・鎌足・夷腕坊は直ちに葵屋に向かい全ての者の首を持って来い!」と信念を変えています。
方治の覚悟を見届け、自身の信念を曲げてまで方治の案を通した志々雄真実は意外と部下思いかと思いますよ。
(第106幕より)
子供に優しい志々雄様
全身火傷を負い警察から逃れる志々雄真実のシーンがあります。志々雄真実は警察を真っ二つにし、その場面を見た瀬田宗次郎を見つけるなり「見たな小僧・・・ 見られたからには仕方ねえ 殺す!」と言いますが
殺す直前で気が変わり「包帯と喰い物を持ってこい それで命は勘弁してやる」と優しい目で宗次郎を見つめる。
宗次郎は「志々雄さんは じゃあいい人なんだ!」と嬉しそうに話しかけますが志々雄真実は「いや 極悪人だぜ」と言い返しています。
その言葉を聞き、逃げ隠れて震える宗次郎に志々雄真実は「逃げるな逃げるな 命は取らねぇって言ってるだろ」と優しい一面を見せているのです。
もしかしたら志々雄真実という人物は子供好きで動物にも優しかったりするかもしれませんね。
(第131幕より)
子供に可能性を与える志々雄様
子供の頃の瀬田宗次郎はいつも虐められていました。理由は彼がその家の者ではないから。それに同情したのか志々雄真実は宗次郎に真剣な眼差しで「所詮 この世は弱肉強食 強ければ生き 弱ければ死ぬ」と教えます。
志々雄真実は持っていた刀を宗次郎に渡し「こいつをお前にくれてやる ここの宿代代わりだ」と脇差しを1本手渡すのです。
その日の夜、宗次郎はその家の者にスコップで殴られ刀で斬り殺されそうになります。宗次郎は志々雄真実から受け取った脇差しを武器に、その家の家族を皆殺しにし自由を手にし志々雄真実に付いていく事を決心。
主人公剣心だったら、その家の者を逆刃刀で成敗する所でしょうが、志々雄真実は「自分の道は自分で切り開け」と言わんばかりに宗次郎に脇差しを与えただけで終わらせています。
志々雄真実が剣術の指導者だったりしたら、辞めて行く者も多いけれども、とても伸びる受講生も出てくるのでは?などと思ったりもしたのでした。
(第132幕より)
愛する女性に幸せを与えた志々雄様
剣心と志々雄真実の最終決戦で天翔龍閃を喰らい瀕死に陥った志々雄真実。そこに志々雄真実のお世話をしている駒形由美が出てきて両手を広げ「もういいでしょ!これ以上志々雄様を苦しめないで!」と止めに入ります。
握っている剣を緩める剣心ですが志々雄真実は「甘えよ抜刀斎 闘いはまだ続いているんだぜ」と駒形由美を背後から剣で貫き愛する女性を盾にして剣心の腹を刀で突き刺したのです。
剣心は「自分を愛する女性を裏切ってまで 勝ちを得たいかァ!」と激高しますが、志々雄真実は「裏切るだと・・・? てめえのものさしで語るんじゃねェよ コイツは誰より俺を理解し 俺は誰よりコイツを理解している」と語ります。
その証拠に背後から背中を刺し貫かれた駒形由美は「嬉しい・・・ 初めてわたし・・・ 「闘い」の中で役に それも志々雄様の一番大事な闘いで役に立てた・・・」と嬉し涙を流して喜んでいるのです。
最期の最期で愛する女性を本当に理解し、幸せを与えた志々雄真実がお見事すぎます。
(第144幕より)
志々雄真実のプロフィール
名前:志々雄真実
性別:男性
生年月日:1848年8月
血液型:O型
性格:冷静で頭の良い野心家
身長:170cm
体重:59kg
好きな食べ物:八つ橋
嫌いな食べ物:不明
趣味:剣術の鍛錬・湯治
口癖:所詮この世は弱肉強食
弱点:体温調整が出来ない
その他特徴:向上心の無い者・弱い者が嫌い。全身に包帯を巻いている。
声優:池田政典
実在の人物モデル:芹沢鴨
るろうに剣心の大まかなストーリー
【東京編】
明治11年東京。 廃刀令(はいとうれい)が発布され西洋文化が街に入り込んだ割と、のどかな東京が舞台です。
かつて幕末で最強の維新志士(いしんしし)と呼ばれた「人斬り抜刀斎」(ひときりばっとうさい)の名を語る悪い輩を、流浪人(るろうに)の緋村剣心がこらしめます。
この流浪人こそが、かつて最強と呼ばれた人斬り抜刀斎であり、助けられた神谷薫は「私は人の過去になんかこだわらない」と剣心を引き留めるのです。
浪漫譚(ろまんたん)の始まりは東京下町、流浪人の緋村剣心来訪から。
剣心が神谷道場に居座ってから人斬り抜刀斎と戦いたい者が次々と現れ仲間になってゆきます。
【京都編】
事実上、日本権力の頂点に居る大久保利通(おおくぼとしみち)が暗殺された。
この暗殺を計画した人物が、志々雄真実(ししおまこと)という明治政府を転覆させようとしている者で、かつて志々雄は影での人斬りを任された、いうならば人斬り抜刀斎の後継者である。
彼は剣の腕も頭の回転も速く支配欲を抱えた危険人物であった為、戊辰戦争(ぼしんせんそう)の混乱に乗じて明治政府は志々雄真実を暗殺した。
しかし志々雄真実は生きていた。 彼は復讐戦争を計画して京都を拠点に十本刀(じゅっぽんがたな)と呼ばれる腕利きを同士にし暗躍(あんやく)を始めるのです。
志々雄真実を放置すれば、これから確実に日本の迷走が始まる。 剣心は薫に別れを告げて京都へと向かいます。
京都に行く途中で剣心は十本刀の一人と一戦交えますが、お互いの刀が折れてしまった為、勝負はお預けとなるのです。
不殺(ころさず)を守る為には今まで所持していた逆刃刀無しには戦えない事、そして己の力量不足を補う為に逆刃刀を作った刀鍛冶(かたなかじ)と飛天御剣流の師匠に会いに行きます。
剣心の剣術は決して弱くはない。けれども心が弱かったのです。 奥義会得(おうぎえとく)には大変な努力が必要になりました。
逆刃刀真打(さかばとうしんうち)と飛天御剣流奥義を会得した剣心は途中で出会った仲間と共に志々雄真実の拠点で勝負をする事になります。
剣心の留守中に十本刀の多くが京都を襲い始めました。 京都に向かった神谷薫、明神弥彦、道中で仲間になった仲間達と共に京都を守ろうとするのです。
圧倒的な戦力の差はありましたが、マンガ特有の奇跡が起きて京都と日本は救われます。
【人誅編】(じんちゅうへん)
かつて剣心は人斬り抜刀斎として多くの人を「天誅(てんちゅう)」の名の下に叩き伏せ多くの者を殺しました。その復讐が人誅編。
「天が裁かなくとも己が裁きを下す」というのが人誅です。 剣心を恨む者達が集まり復讐を計画します。
復讐の首謀者は、かつての剣心の妻(巴)の弟、縁(えにし)。 妻は巴(ともえ)という名でした。
巴もかつて婚約者を剣心に殺害され復讐を計画した一人で剣心の弱点を探す為に近づきましたが、その優しさに彼を愛してしまい復讐は失敗に終わります。
巴同様に剣心も巴を愛しました。 巴は自分自身が剣心の弱点になった事に気が付き、剣心を守る為に自分を犠牲にして彼を守るのです。
その一部を見ていた縁は剣心が姉を殺害した。と勘違いをし復讐はここから始まります。
剣心と親しくしている者、言葉をかわした者、剣心が守った日本全てが縁の標的です。 勘違いから始まった復讐が始まります。
縁は剣心と親しくしていた神谷薫を殺害。 生きる気力を失った剣心は刀を鎖で封印し心が壊れてしまいます。
しかし神谷薫の死に疑問を持った者が現れました。 かつて剣心と戦った仲間です。
仲間達で薫の墓を暴き、薫の死体が人形である事を確認。 薫がまだどこかで生きている事を確信します。 姉の死を間近で見た縁に若い女性を殺す事は出来なかったのです。
仲間を守る為、薫を救う為に剣心の心が復活します。
心が強くなった剣心は、ほぼ無敵の状態でした。 あっさりと縁をこらしめトドメは巴の日記帳。 巴が剣心をどれだけ愛したか、自分がどれだけ勘違いをしていたか知れば精神的に、やられてしまうでしょう。
時は流れ明治15年。 剣心と薫は結婚し子供を授かります。 剣心は弥彦を呼び出し剣に魂が宿っているか見極めた後、逆刃刀を弥彦に託して一線を退(しりぞ)くのでした。
志々雄真実に対しての熱い想い
一番好きなところ
「悪の集大成」であり剣術の腕が強い点です。
少年誌に掲載されていたるろうに剣心なので最終的に志々雄真実がやられてしまうのは分かってはいるのですが、あまりに強い為に主人公剣心も志々雄真実に対抗する力を付けねばなりません。
剣心が志々雄真実に対抗する為には人斬り抜刀斎に戻らなければならない。けれども不殺(ころさず)を心に決めた剣心にとって抜刀斎に戻って人を殺める事は禁忌であります。
人斬り抜刀斎に戻らねば志々雄真実には到底敵わない。人斬りに戻らず、緋村剣心のままで対抗する術を会得する必要がありました。
この部分は京都編でも見所の一つであり、剣心の心の成長がはっきりと現れる所ではないでしょうか。
逆に言うなら志々雄真実が居たから剣心は奥義を会得する事を決めただろうし、技の精度を上げる事が出来ただろうし、仲間と協力しあう事も出来たはずなのです。
少年誌では「強大な敵」や「ライバル」は無くてはならない存在となっています。
外見のポイント
全身に大やけどを負っている為に全身を包帯でグルグルと巻いています。あとは気づいた人は少ないかもしれませんがお洒落にも気を使っています。
まず包帯の巻き方がとても綺麗。頬の横には包帯を綺麗に垂らしお洒落感を演出しており・・・。いえいえ!これだけではありません。
新月村で湯治(とうじ)をしている志々雄真実が温泉の湯けむりでうっすらと描写されているシーンがありますが志々雄真実はスキンヘッドのはずです。けれども包帯を巻くと何故か髪の毛がある。この髪の毛はアクセサリなのでしょうか?それとも地毛?(第67幕参照)
普段の時も戦闘の時も全身包帯の上に着物を着て闘いますが右肩と右腕を見せるスタイルの志々雄真実。
これは火傷を負う前からこのスタイルであり、火傷を負う前の顔は作者の和月先生が大好きな格闘ゲーム、サムライスピリッツの牙神幻十郎そっくりになっています。(第179幕参照)
歩んできた人生
幼少期の描写は一切無し。
長州派維新志士として「影の人斬り」として剣心の仕事を引き継ぐ。幕末の頃は剣心と志々雄真実の面識は無い。
後に戊辰戦争の混乱に乗じて同志に殺され、死体に油をかけて火までつけられた。
しかし志々雄真実は生きていた。以後、十本刀という精鋭を集めて日本を手中に収める為に暗躍。
目的としていること
日本を征服する事を目的としています。
西欧列強が弱国を次々と植民支配している明治時代の世界情勢。外国の目を気にして志々雄真実一人の為に軍隊すら派遣できない弱々しい日本を征服して志々雄真実を頂点とする真の強国にする事を目的としている。
性格について
常人には理解できないほどの支配欲と功名心(こうめいしん(名誉を手に入れたいと思う心です))を抱えており、冷静で頭の回転が速い。
弱い者を見るとイラつくらしく「所詮この世は弱肉強食」と叩き込む。
普段の行動
半年に一度一週間ほど新月村に湯治に出かける。
残りの時間は京都にある自分のアジトで夜伽の由美と寝室で寝たり、剣術の鍛錬などをしている模様。
名言・名シーン
<名言>
- 気に入った 人間をゴミ同然に斬る所が特にな(第61幕より)
- 信じれば裏切られる 油断すれば殺される 殺される前に殺れ(第68幕より)
- そんな時代に生まれ合わせたのなら 天下の覇権を狙ってみるのが男ってもんだろ(第68幕より)
- 十本刀が集結し次第 国盗り開始だ(第76幕より)
- 孤高の人間はいずれ組織破綻のカギになる(第87幕より)
- 壊れているのは 俺達だって同じだろ(第87幕より)
- こんな血で血を洗う修羅共が蠢くこの現世こそ 地獄と呼ぶにふさわしくないか?(第89幕より)
- 言わば 地獄の業火の残り火だ(第90幕より)
- 人の本性は修羅 そしてこの現世この地獄(第90幕より)
- お前が惚れたのは俺の中身だろ(第99幕より)
- 貴様の覚悟の程しかと見届けた(第106幕より)
- お前は オロオロうろたえる俺が見たいか?(第116幕より)
- 生まれがどーのこーのじゃねえ お前が弱いから悪いんだ(第131幕より)
- 所詮この世は弱肉強食 強ければ行き弱ければ死ぬ(第131幕より)
- 所詮 誰一人として この俺の強さには ついては来れないという訳だ!(第135幕より)
- 弱者を糧に己の強さを高めていく これぞ剣術における 俺の「弱肉強食」だ(第137幕より)
- 俺の国盗りはこの国の摂理(第138幕より)
- 糞はお前等だろ(第139幕より)
- そうだ全力の俺の相手をするからには 限界の一つや二つせめて超えてもらわねェとな(第141幕より)
- コイツは誰より俺を理解し 俺は誰よりコイツを理解している(第144幕より)
- 所詮この世は弱肉強食 強ければ生き弱ければ死ぬ! 生きるべき者はこの俺だ!!!(第145幕より)
<名シーン>
幕末を生きた男
幕末というのは戦国時代以来300年を経てやってきた久々の動乱。
長州・薩摩・土佐・尊皇・佐幕にそれぞれの正義があり、それぞれの正義の御旗を掲げて争い殺し合った動乱の時代、幕末。
そんな時代に生まれ合わせたのなら天下の覇権を狙ってみるのが男というもの。
しかし志々雄真実は暗殺されかけ、傷が癒えて出てきてみれば幕末は終わり明治政府というモノが出来上がっていた。
幕末の「動乱」が終わってしまったのならば、もう一度動乱を起こして覇権を握ってやる。と志々雄真実が語っています。
(第68幕より)
この現世こそ地獄
伝説となった人斬り抜刀斎や抜刀斎を恨む者達、自分達の悪行を隠蔽するために志々雄真実を炎にくるんだ明治政府。こんな血で血を洗う修羅共が蠢くこの現世こそ地獄と呼ぶにふさわしい。というような事を志々雄真実は言っています。
イマイチ覚悟が足りない十本刀の方治に志々雄真実は方治の額に手を当てて語ります。
全身火傷を負った時に汗をかく組織は全滅し、俺の体は医者に言わせれば生きてるはずのない高熱を宿す様になった。いわば地獄の業火の残り火だ。
残り火は腕だけじゃない。足・腹・胸 俺の全身をくまなく焼き続けている。当然「脳」もな。そしてこの冷めない炎熱が声となってある日真実を語り始めた。
「人の本性は修羅 そしてこの現世こそ地獄」
私、シゲルも志々雄様と同じ意見です。ズル賢い者が得をし正直者が損をするのがこの世の真理。
例えばネットワークビジネスなどで知人を売ってカネに換金したり、振り込め詐欺などで老人からお金をむしり取ったり、税金を私利私欲の為に利用する者が現れたり、この世は腐りきっています。
見る者によっては地獄にも見えるかもしれない。
正直者が損をする世の中ですがそれは「お金」の話だけであり、心が裕福かどうかとなると話は別。
貧しいけれど夢がある若者は心が裕福でしょうし、小さくても目標のある者も心は裕福です。明日の事を考えるとワクワクしてたまらない!という方々も心が裕福かと思います。
では振り込め詐欺やネットワークビジネスのような詐欺師は?となると人を騙すのでカネは手元に入りますが心は極貧かと思うのです。理由は目先の事にしか興味が行っていないから。
この辺りは志々雄真実も主人公剣心も分かっているはずでマンガ内でそのような描写が度々現れます。志々雄真実が現代に現れたらきっと良くも悪くも凄い大物になるでしょうね。
(第89幕より)
焔霊(ほむらだま)
志々雄真実は京都編でしか登場しない上に任務は全て十本刀に任せているので名シーンは剣心との最終決戦に集約しています。
剣心との最終決戦で一撃目の剣の交差で力は均等。しかし突如として志々雄真実の剣に火が付いた。斬ると焼くを同時に喰らい膝を付く剣心。
炎の正体はノコギリのような刀に染みこんだ、今まで斬ってきた人間の脂が燃えて出るモノだった。
同じ剣客でも志々雄真実と剣心は性格は正反対。志々雄真実が持つ刀「無限刃」と剣心が持つ刀「逆刃刀・真打」も刀匠は同じでも刀匠が作った想いも正反対。
志々雄真実の刀「無限刃」は弱者を糧に己の強さを高めていく「志々雄真実流の弱肉強食」が込められた、新井赤空(あらいしゃっくう)が造った「人を殺す為に造られた剣」。
剣心の刀「逆刃刀・真打」は自分自身を斬りつける思いで刀を造り続け幾星霜、孫の時代の為に新井赤空が造った「平和を願う剣」。
同じ刀匠が造った刀なのに造った目的が違うのは何だか面白い。そして時代を造るのは「刀」ではなく、それを扱う「人」である。
(第79幕・第81幕・第137幕より)
摂理(せつり)
所詮この世は「弱肉強食」これは自然の摂理である。
アフリカのサバンナなどではライオンのような強者がシマウマのような弱者を捕まえて食べます。
しかしこの自然の摂理に剣心は納得行きません。いつものように綺麗事を吐く剣心ですが剣心の言葉も何故か重みがある。
これがるろうに剣心の素晴らしい所でもあり色々な考え方が複雑に交差します。志々雄真実が弱肉強食の摂理を丁寧に説明するのですが剣心が「摂理だろうと拙者は出来ぬ!」と叫びます。
「じゃあしかたねェ!」と志々雄真実が弐の秘剣「紅蓮腕(ぐれんかいな)」で一度は剣心を破ったのでした。
(第138幕より)
高笑い
紅蓮腕で剣心を破り、奇襲攻撃で牙突と牙突零式を放ってきた斉藤一を破り、二重の極みを撃ってきた相楽左之助を破り、志々雄真実が圧倒的強さを見せつけた時に見開きで高笑いするシーンがありました。
志々雄真実は十年前の戊辰戦争の混乱時に不意打ちを額に受けて昏倒した所に火をつけられる。
その反省を活かして額の包帯下に鉢金を装備しています。「同じ轍を踏まないようにここだけは重点的に固めてある」と志々雄真実。それが斉藤一の奇襲の際に役に立っています。
同じ過ちを何度も繰り返すのは二流・三流。
志々雄真実ほどの超一流の剣客ともなると考え方も違うのでしょう。
(第139幕より)
終の秘剣「火産霊神」(ついのひけん「カグヅチ」)
剣心に5連撃を受け、直後に九頭龍閃まで受けたのに志々雄真実は立ち上がります。
その時に発した言葉が「終の秘剣「火産霊神」」
週刊少年ジャンプでこの言葉を発した志々雄真実ですが翌週に持ち越しになり、体言止めのような感じで大切な所は次!みたいになっています。
翌週は壮絶な闘いでした。
志々雄真実の「火産霊神」と剣心の「天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)」のぶつかり合い。
結果はマニアの皆様ならご存じの通り。そしてまだ見てない人はネットカフェに走るべし!
京都編の集大成がここに詰まっています。
(第143幕より)
凄さを解説
ここでは志々雄真実のココが凄い!この技が凄い!を解説させて頂きますね。
カリスマ性
自信が溢れている志々雄真実。それは十本刀や配下の者にもビシビシと伝わっているようで近くに居て安心できるのでしょう。
ザッと単行本を見返してみましたが志々雄真実の自虐発言やネガティブ発言を見つける事は出来ませんでした。
常にポジティブなので、この考え方を剣心にも分けてあげて下さい。
壱の秘剣「焔霊(ほむらだま)」
斬ると焼くを相手に同時に与える事の出来る焔霊。多くの敵と戦った剣心でさえ一撃受けただけでヒザを付くほどダメージを与えられる秘剣。
剣から出る炎は目くらましにも使える。
映画「るろうに剣心 伝説の最期編」では焔霊を多用しています。
弐の秘剣「紅蓮腕(ぐれんかいな)」
手甲に仕込んだ火薬に焔霊で着火されて相手を火薬の威力でダメージを与える技。凄まじい威力があり一度剣心は、この技で失神している。
弱点は相手を掴んだ近距離でしか使用出来ない事と自爆する可能性もある事だが、それを考えてもこの技は威力もインパクトがありすぎます。
るろうに剣心の世界では「火薬」は威力のある物として扱われ、志々雄真実の紅蓮腕や大型甲鉄艦「煉獄」を沈めた左之助が所持していた護身用の炸裂弾など、るろ剣の世界では火薬は「威力のあるモノ」として扱われているのです。
終の秘剣「火産霊神(カグヅチ)」
鍔元から切っ先に至る無限刃の全発火能力を解放し、剣から竜巻のような炎を出して相手を斬りつける技。
剣心戦では不発に終わっているが「るろうに剣心 裏幕-炎を統べる-」では一ヶ瀬鮫男との闘いでこれを決め、相手を竜巻のような炎で葬っている。詳しい解説が見つけられなかったが威力は紅蓮腕とは比較にならないだろう。
謎めいたところ
戊辰戦争の混乱に乗じて殺し、死体に火まで付けて殺したはずなのに生きていた点です。
頭を斬るか殴られるかしたら脳にダメージが行き失神するのは何となく分かりますが、死体に火まで付けて火葬したのに生きているとは何という生命力か!
剣心戦では時代が剣心に味方しましたが、この時代は時代が志々雄真実に味方したとしか思えません。
志々雄真実の残念なところ
カリスマ性があり剣客としても超一流で常にポジティブな志々雄真実なので残念な所を探すのに苦労しましたが、ありました!志々雄真実の残念な所。マニアの方ならもうお分かりかと思いますがアレです。ツメが甘い。
志々雄真実のツメの甘さが出ているシーンがいくつかありますので紹介していきますね。
相楽左之助を雑魚(ざこ)と思い込んでしまった
大型甲鉄艦「煉獄」を見せつけて京都から東京へと勝ち逃げする予定でしたが、雑魚と思っていた左之助に結果的に煉獄を沈められました。
左之助が所持していた護身用の爆弾が強力すぎたのか、煉獄が想像以上に脆弱だったのか、どちらかは分かりませんが全財産の5分の3を使った船を一瞬にして沈められた志々雄真実はショックだった事でしょう。
現代風に書くなら、全財産の5分の3をはたいて購入した高級車を納車当日に無保険で運転しアクセルとブレーキを間違えてコンビニに突っ込んで大破した時くらいショックだったと思われます。
その証拠に戦闘命令を出す際に「こいつは首じゃ済まさねェ 頭蓋骨引き抜いて俺の所へ持って来い!」と怒りを露わにしているのです。
安慈が京都に到着した時に「相楽左之助という者に二重の極みを教えました」と志々雄真実に報告すれば雑魚と思う事も無かったので、安慈にも多少は責任があると思います。
ちなみに煉獄なのですがマンガ版では散々な扱いだったので、映画版るろうに剣心では志々雄真実のアジトとして最期まで煉獄内部で闘う役者さん達が居ましたよ。
マンガでは出てこない「大物」も登場し、個性も溢れていて明治という時代はこういう時代だったのかな?とタイムスリップを体験出来ます。
早めにトドメを刺すべきであった
志々雄真実と剣心達の最終決戦。
剣心・斉藤一・左之助をやっつけた後に由美が「早く止めを!」と言っていますが「そう急くな久々にこの俺自ら闘ったんだぜ もう少しくらいは勝利の余韻にひたらせろ」と余裕です。
しかしこの後に四乃森蒼紫が到着し、剣心達が復活するまで時間稼ぎを与える事になってしまいます。
あの時、由美が言うように止めを刺しておけば志々雄真実の完全勝利で、るろうに剣心は連載終了していた事でしょう。
自作ストーリーを考えてみた
上記の「謎めいたところ」で書きましたが、殺されて死体に火まで付けられたのに、どうして生き延びる事ができたのだろう?を考えてみました。
「私が二番目に愛した男」
わたくし、新吉原の遊郭(ゆうかく)で遊女(ゆうじょ)をしていた「シゲ」と申します。吉原では人気の遊女でして現在は遊女を引退し、遣手(やりて)として遊女達の監視をしております。
遣手(やりて)というのは、数多くの遊女を監視する役です。
私が吉原で働く事になったきっかけは生活苦の為。幼い頃に私は親に売られました。
今からおよそ40年前。天保の大飢饉で食べるモノが無かったあの時代は、生まれてきた子供が女子ならば妓楼(ぎろう)に高く売る。男子ならば、その場で殺さなければならない。という大変な時代がありました。
私は女なので両親に殺されずに済みましたが、こうして妓楼に売られ遊女として生きて行く為には「生き地獄」を体験せねばなりません。売られて妓楼にやってきた女子は、お客である男性のお相手をする為に様々な事を学ばなければなりません。
文学・古典・囲碁・将棋・三味線・琴・歌・茶道・華道・世間話など、学ぶ事は多くあります。16歳までお客様のお相手が出来るように学び、それから見習い遊女として働きます。
見習い遊女は酷い扱いです。大部屋に軟禁状態にされ、お腹を空かせながら男性のお客様がやってくるのをひたすら待つのです。
お客様がやってくると、好きでもない男性と世間話や囲碁・将棋などで楽しむフリをしたり、注文して頂いた料理を一緒に楽しみながら食べるフリをし、お客様が不機嫌にならない程度に不幸な身の上話をします。
ええ。お涙頂戴・お金頂戴は遊女にとって基礎でありますから・・・。
お客様の隙を見ては鍋に入っている料理を拝借して、気分良く楽しんで帰られた後で拝借した食べ物を翌日こっそり食べるというのは日常茶飯事でございました。華やかに見える遊女も陰では大変な苦労をしているのです
経験不足な見習い遊女というのはお客様に喜んで頂く為にあれこれと考えて神経をすり減らし、気の休まる暇がありません。
偉くなって多くのお客様からご指名がかかる花魁(おいらん)の位まで上り詰めても苦労は尽きないのが遊女という職業です。
綺麗な着物を着て、お洒落な小道具を身につけて・・・。と一見華やかですが着物や小道具は全部自分で用意しなければなりません。
花魁ともなると見た目が命なので「それなりの煌(きら)びやかな格好」をしなければならなかったのです。
農民の子供に産まれて妓楼に売られた私がこんな綺麗な着物を着て皆様の前で花魁道中出来るのは女の幸せ!と信じてこれまでやってきました。けれども、その格好を作るのには大変なお金が必要になり、結局は見習い遊女時代と金銭的な蓄えは変わりません。
私は死ぬまでここで働かされるのか・・・。と思うと悲しくなった事が数え切れないほどございました。
そうしてある年齢まで行くと遊女も解放される時期がやってきます。つまり年を取りすぎて、吉原で必要とされなくなったから解放してやる的な扱いです。
嬉しくなって実家に帰るも邪魔者扱いされ、実家から追い出される遊女達を私は多く見てきました。
生きる為にはお金を稼がなければなりません。そうして安いけれども雇ってくれる妓楼(ぎろう)へと戻っていくのです。料金が安い妓楼は病気が蔓延しており梅毒などで亡くなる者も居るとか。
その現実を私は運良く知っていたもので実家には帰らずに遣手(やりて)としてこうして働いております。
我々のような幼い頃に売られた女性の大半は、生き地獄を味わうか病気になって死ぬかしか選択肢が無かったのです。飢饉があったあの時代に生まれ、こうして長年生きて今までを思い返すと生まれてすぐに殺される男子の方がよほど幸せに思えるのです。
しかし生き地獄ばかりではありません。例外が二つほどございます。
一つ目は身請け(みうけ)という制度を使うのです。
これはある程度の金額を妓楼に支払うと遊女は自由の身になれる。という制度であります。身請け金は大変な金額が動くのです。一種の人身売買でしょうか。制度を利用するには、お金持ちの男性に気に入ってもらわねばなりません。
我々遊女はお金持ちなお客様の匂いを肌で感じ取る事が出来ます。「あっ!この人は!」と察して一所懸命に尽くしてあげると次回も遊びに来て頂けます。
それを繰り返すとお客様から大変可愛がってもらえて、やがて相手に恋心が芽生え我々遊女を買って頂けるのです。それが身請け。
けれども身請けも遊女と同じく買われる身であり、恋とは程遠いのが現状。
妓楼という苦界から抜け出すには身請けか・・・。あとは愛してしまった男性客と逃亡するしか・・・。
遊女も年頃の娘が多く、本気でお客様と恋に落ちてしまうケースが後を絶ちません。本気でお客様と恋に落ちてしまう事を我々の間では「枕をはずす」という用語を使います。
遣手となった現在の私は遊女達に「本気になるな、枕をはずすな」と口を酸っぱくさせて言ってはいますが、実は私シゲもお恥ずかしい話ですが多くの男性客のお相手をしてきた中で、本気でお客様と恋に落ちた事が二度ほどございます。
一度目の恋は12年前。二度目の恋は9年前です。
忘れもしません。私が二度目に本気で恋をしたお客のお名前は志々雄真実様という男性でございます。あれは戊辰戦争の混乱の時期でした。
御法度ではございますが志々雄様に私の「本気の悩み」を聞いていただくと・・・。
「時代が悪いのではない!お前が弱いから悪いんだ!俺と一緒にここから逃げるぞ」と仰ってくれたのが何より嬉しく「私の幸せはここにある」と感じたものです。
しかし逃走中の最中でした。東京府から千葉に抜ける途中に川がありますが、その辺りだったかと思います。待ち伏せていた者達に奇襲を受けて志々雄様は木刀で額を割られ気絶してしまいました。
志々雄様は剣術の達人と伺ってはいましたが、吉原の妓楼では「お客様同士のいざこざが無いように」受付で帯刀している刀を預かるのがしきたりとなっております。例外はございません。
逃げる時に丸腰だった志々雄様は、木刀の一撃であっけなく倒れて多くの男達に木刀で袋だたきにされました。私が「やめてください!」といくら泣き叫ぼうと男達は手を緩めずに志々雄様を木刀で痛めつけました。
こうして志々雄様は全身アザだらけになり血まみれになり絶命してしまったのです。
ここからが本当に酷かった。何と絶命した志々雄様に男達は大量の油をかけて火を放ったのです。私は、あの時の光景が忘れられません。絶望に打ちひしがれました。
バチバチと音を立てて燃える志々雄様の死体を見たのを確認して男達は帰ってゆきます。
私は男達が帰るのを確認すると近くにあった川から着物を水桶代わりにし、水を汲んできて志々雄様に何度も何度も水をかけて、火が付いて全身火傷だらけになった志々雄様から上がる炎を消す私。
人肉が焼けた臭いが漂う川の近くで、ぼうっと志々雄様の死体を眺めていました。もう泣く気力すらありません。愛する志々雄様が死んでしまったのならば私もこのまま死んでしまおうとも思いました。
「心中」という言葉に憧れていた時期が私にもありました。愛する志々雄様と一緒に死ねるなら、どんなに幸せでしょう。
その時ふと我が目を疑いました。火が消えて全身火傷だらけになった志々雄様の体がピクッと動いたのです。
火傷だらけでもいい、生きていてくれればいい、火傷の後遺症で一生寝たきりでもいい、ただ志々雄様とずっと一緒に・・・という思いで必死に志々雄様を人目に付かない場所まで移動させ、多量の包帯を街で購入して志々雄様の手当を始めました。
それから二日経った頃でしょうか?何と志々雄様がお気づきになられ、パチッと目を開けたのです。
志々雄様は開口一番、絞り出すような声で「俺の刀はどこだ?」と仰るではありませんか。刀は妓楼の受付にあるはずなので、私はこっそりと妓楼に戻り見つからないように志々雄様の刀を届けに行きました。
すると志々雄様は思い出したかのように「包帯がかゆい、替えの包帯を買ってきてくれないか?」と仰るので私は急いで街に包帯を買いに出かけました。
しかし私も運がありません。街中で妓楼の者に見つかってしまったのです。私は両腕を掴まれて「志々雄様・・・。志々雄様・・・。」と泣きながら引きずられて妓楼に連れ戻され酷い折檻を受けました。
あの時折檻された傷は今でも残っています。そこから先、志々雄様がどうなったのかは存じません。
遊女は決して恋をしてはならないのです。頑張ってお金持ちのお客様に気に入って頂き、身請けして自分を買ってくれた相手を好きになる努力をするしかないのです。
ごめんなさい・・・。涙声になってしまいましたね・・・。
えっ?二番目は志々雄真実様で最初に本気で愛した男性はどんな男性だったか・・・ですか?
はい・・・。京都で見廻りをしている新撰組に所属する斉藤一様という方です。
殺人鬼のような風貌と裏腹に女性に少々だらしなかったですね。けれどもそのギャップが素敵で私に優しい言葉を幾度もかけて頂けました。本気で好きになりました。
彼も剣術の達人と伺ってはいたのですが、志々雄様同様に彼も「俺と一緒にここから逃げよう」と仰って下さいまして、途中までは上手く逃げたつもりなのですが見つかってしまいます。
逃げる我々を男達が取り囲んで木刀で丸腰の斉藤様を滅多打ちにしたのです。斉藤様は逃げ足には自信があるようで急いで逃げて行きましたが・・・。
斉藤様は右腕を重点的に攻撃されまして・・・。あれではもう右手に力が入らなくなって剣術を続けるのは無理なのではないかと・・・。
剣術を続けたとしても左手の突きくらいしか撃てなくなっているかもしれません。
私は本当に罪深い女でございます。遊女は決して恋をしてはならないのです。枕をはずしてはならないのでございます!
遣手となった現在は遊女達を監視し、間違いが起こらないように気を引き締める毎日です。
アニメ化について
引用元:ケイエムシネマ企画
アニメ版で志々雄真実を演じるのは池田政典さん。声優も出来て舞台も出来て歌も歌える凄い人。
原作を見てからアニメに入ると、違和感を感じません。
細身で悪いキャラ、志々雄真実を演じきっています。
るろうに剣心の声優さんは違和感が無いですよね。違和感を感じたのはアニメ主題歌の「そばかす」くらいですかね。でも「そばかす」も、るろうに剣心のアニメを見て行くうちに慣れてしまって当時カラオケで歌う人が続出!
るろうに剣心のアニメ人気の高さが伺えます。
池田さん演じる志々雄真実は、やはり舞台や歌手をしているだけあって「とってもいい声」なんですよ。悪役なので、もっと低くて悪そうな声でも良かった気もしますが、池田さん演じる志々雄真実もアリ!と言いますか「これこそ志々雄真実の声」になっていて素敵です。
では志々雄真実役を演じた池田政典さんの紹介。
【名前】 池田政典
【生年月日】 1966年12月1日
【出身】 京都府
【所属】 ケイエムシネマ企画
アニメるろうに剣心は、世界各国でも人気なので「いい声の志々雄真実」が世界に配信されてると思うとドキドキしちゃいます。
実写化について
引用元:ホリプロ
映画で志々雄真実を演じるのは実力派俳優の藤原竜也さん。
どうして、るろうに剣心の映画はキャストが実力派揃いなのでしょう?人気作品にありがちなキャストにアイドルをどっさり入れておけばキャスト目当てで客が来る。というのを感じさせません。あくまで「内容で勝負!」
これはテレビドラマでも共通しており視聴率至上主義な現在では数字が取れればそれで良い。それがどんな質の低い作品になっても人気アイドルをどっさり投入すれば数字取れるから「内容より先にキャストを決めよう」という番組多いですよ。(視聴率の集計方法はここでは割愛します)
映画版るろうに剣心は、派手な技は登場しないけれども「きっと明治11年だったらこんな光景で、こんな技が出ていただろうな」を見事に再現しています。
志々雄真実役の藤原竜也さんのファンにとって残念な所は顔が包帯でグルグル巻きになっているので表情が分かりづらい所でしょうか。けれどもその演技力ですぐに正体は分かりますよ。
では藤原竜也さんのプロフィール紹介です。
【名前】 藤原竜也
【生年月日】 1982年5月15日
【出身】 埼玉県秩父市
【所属】 ホリプロ
映画では志々雄真実に剣心が奥義「天翔龍閃」を決めるシーンもありますが、実に地味な仕上がりとなっておりマンガと違う明治時代だったら天翔龍閃はこんな感じになっていただろうな。を体感させてくれて、リアルすぎて怖いです!
そして大事な事書きますからね!今年、るろうに剣心最終章の映画が公開されます!
これを見ずに2021年はどんな年でした?と聞かれた時、一体何を語れるというのかっ!るろ剣ファンは是非映画館へ!
まとめ
いかがでしたでしょうか?志々雄真実。
「悪の集大成」であり、志々雄真実が居たから仲間が一致団結できて剣心も剣の腕を上げる事が出来た。
志々雄真実の口癖覚えていますか?
「所詮この世は弱肉強食」
江戸時代や明治時代初期は、身分や剣術の腕が上な者が「強い者」でしたがあれから年月が経ち今は令和という時代になりました。
例えば剣道が強い人・ピアノが上手い人・絵が上手い人・人と仲良くなるのが上手い人・歌が上手い人・意志が強い人。
人は色々な長所を持っていますが、それを伸ばしてやれば誰もが「強い者」になれる時代が来ました。
志々雄真実が言っていた「弱肉強食」は明治という時代では一部の者のみに許された摂理でしたが、時代は令和となり得意分野を伸ばす事により誰もが強者になれる時代へと移り変わります。
我々も自身が持っている得意分野を伸ばし、皆で力を合わせてこの国を良くして行こうではありませんか。
それでは今日も素敵な1日を!
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